雷鳴がとどろき、稲妻が走り、角笛の音が鳴り響いて、山が煙に包まれる(20:18)中、シナイ山の頂きに降られた神さまはその民イスラエルに「十戒」を授与されました。民は遠く離れて立ち、モーセだけが神のおられる密雲に近づいて行った(21節)。さてここは麓でしょうか山頂でしょうか。民が立っている山麓の延長にモーセが居るように読めるのですがどうやら彼は山頂にて神さまと対峙しているようなのです。
20章22節からは延々神さまのモーセへの「掟について」の言葉が続きます。…どれくらいの時が過ぎたのか、すべてを語り終えられた神さまはモーセに2枚の石の板、自らその指で記された掟の板を授与されたのでした。(31:18)
「待つ」ことが試練、訓練になる。この時のイスラエルにとってモーセが下山するのを「待っていた」時間が正に神さまからの試練でした。3か月間あらゆる面で自分たちの命と安全を支える一切がない荒れ野を旅し、神さまから与えられるもの(それは十全な備えでした)のみで生かされたイスラエルであればこの試練を神さまへの信頼のみで乗り切れるはずでした。彼らはここでこそ神さまの期待に応えるべきだったのです。しかし直情的で我慢することが出来ない彼らは余りにあっさりと神さまを裏切ったのです。
わたしは彼らを滅ぼし尽くす。世界の数多の民族の中から神さまご自身が選び抜かれ、幾千代にも及ぶ慈しみを与える(20:6)とまで宣言された「神の民を」…。神さまの怒りのあまりの激しさに、私たち読者も思わず息を呑みます。