ルカによる福音書の「安息日の癒し」の第1話です。ルカの記述によると、お育ちになったナザレの会堂において「預言者は故郷では歓迎されない」と仰って人々を憤慨させ、危うく山の崖から突き落とされそうになられた、とあります。故郷では歓迎されない哀しみを謳った歌が日本にもありますね。イエスさまはしかしガリラヤをご自分の故郷だと仰るほどに愛されました。

今朝のお話はガリラヤ湖北岸の町カファルナウムでの出来事です。安息日、イエスさまはいつものように会堂にお入りになり説教をなさっていました。その教えが、ユダヤ人たちがそれまでずっと聞いてきたこととは違うので彼らが驚いた、とルカは記しています。言葉に権威や力があったからだと。その言葉の持つ権威や力が抽象的なものではなく、実際に出来事を起こしていくものであることを間もなく人は目の当たりにすることになります。

その時会堂に汚れた霊に取り憑かれた人がいたのです。イエスさまが本当はどなたであるか人は誰も正確に把握していませんでしたが汚れた霊は知っていました。「神の聖者だ」と取り憑いた人の口を通して叫んでいます。しかも霊はこの方が悪霊を滅ぼす力を持っておられること、どんな悪霊もこの方には太刀打ち出来ないことも知っていました。だから「かまわないでくれ、滅ぼさないでくれ」と懇願しつつ取り憑いていた人の体から出て逃げていったのです。イエスさまは「黙れ、この人から出て行け」と仰っただけでした。人々はさっきよりももっと驚いた。その言葉の権威と力のあまりの大きさ、強さを実感したからでしょうか…。

ところで人に取り憑いてその人を内側から支配し思うままに操る悪霊って何でしょうね・・・?