「『灰の水曜日』を覚えて」
 高見龍介先生の今朝の説教ご奉仕を感謝します。
 2017年度も3月一杯を残すところとなりました。総会資料の原稿も出来上がり、こ
のあとは執事会の最終チェック、印刷、製本、配布。そして総会を迎えます。やはり
一区切りついてホットするのは元旦よりも年度末、そう思います。
 さて3月25日は棕櫚の主日。この日から受難週が始まります。例年この時期に聞
かれるのが「灰の水曜日」という言葉ですが、皆さんは意味をご存じですか。私でも
クリスマスとアドベント、イースターとレント、四旬節(レント)と五旬節(ペンテ
コステ)くらいまでは分かるのですが…。
 『礼拝を豊かに 対話と参与』(著:今橋朗 日本キリスト教団出版局)によると
主イエスと十字架とを主題として礼拝を守る6週間を四旬節(レント)といい、四旬
節の開始を告げるのが「灰の水曜日」、とあります。旬は10とか10番目の意味なので
イースターから遡って40日目、今年で言えば2月21日が「灰の水曜日」になりま
す。確かに手帳には先週の水曜日にその記載があります。ではなぜ「灰の水曜日」と
いうのでしょうか。「粗布をまとって灰をかぶり」(エステル記)、「塵と灰の上に
座し」(ヨブ記)など、聖書では深い嘆き悲しみや衷心からの悔い改めを表わす文の
中にしばしば「灰」という言葉が見られます。レントが始まる日を悔い改めの始めと
するようにと「灰の水曜日」と、名づけられたのでしょう。この日からキリスト者は
イエスさまの十字架の死と贖いを想起しては深い悔い改めに導かれつつレントの日々
を歩んでいきます。忙しさにかまけて第一にすべきことを後回しにしてしまっている
毎日。そんな日常に区切りをつけ、信仰者として生き始めよと諭される思いです。