あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。(5:21)
「腹を立ててはならない」というのは新共同訳聖書の小見出しですが、岩波聖書の改定新版の小見出しは「殺人」となっています。腹を立てることと殺人と、どうつながっていくのでしょうか。22節。
しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。
一瞬耳を疑うような厳しい言葉を、イエスさまは、よく聞きなさい、と前置きして語られたのでした。これをどう読み、どう解釈すればよいのでしょうか。
殺してはならない。
これはモーセの十戒の第6戒です。この律法から、旧約聖書時代「殺人犯は死刑」と定められたと言われます。しかしイエスさまは、殺人とは比べるべくもないような、些細な感情の発露に対しても、殺人を犯した者に対すると同じ厳しい裁きが待っている、と言われるのです。
イエスさまは、殺人を単なる行為、人の命を奪う行為としてだけ、見ておられるのではありませんでした。それに先立つ心の動きにまで遡って、そこを追及されるのです。天においては、怒りという心の動き自体が、殺人と同等同質の罪として糾弾される、ということです。
怒りと言う感情を持つ時点で、あなたはすでに相手を拒否し、抹殺する衝動を内に秘めているではないか、と言われるのです。余りに厳しい糾弾だと思いませんか。