執事 鮫島能章

 私たちは人を評価する時、また何かの活動を評価する時、つい予断や偏見を持って人を見てしまいます。その人が本当はどういう人なのかを知ろうとする前に、容姿や年収や学歴など、そういうもので人を評価してしまいがちです。そういう価値基準で物事を見る人にとっては、イエスの始めた活動など、吹けば飛ぶような価値しかなかったでしょう。

 イエスも弟子たちも、これらのものを何一つ持っていませんでした。そんなイエスと弟子たちが、「神の支配がもうすぐ実現する!」と言っても、愚かしいくり言にしか聞こえなかったことでしょう。しかし、イエス一行の活動と言葉を偏見なしに真剣に、見たり聞いたりした人たちには、そこに神様の全能の力が働いていることが、ぼんやりとでもわかったはずです。

 簡単にはできないことでしょうが、イエスの時代から二千年後の今、現代人の私たちには直接イエスのお姿を見たりお話を聞いたりすることは出来ません。だから一層、聞く力が求められるのです。耳で聞くのではありません。心を澄まして心の耳で聞くのです。「霊の耳」を研ぎ澄まして聖書を読み、イエスの言葉から神の国の福音を聞きたいと思います。