パウロは、教会に入り込んで群れを破壊する敵対者とはどのような者であるかを語ります。そしてその特徴などを述べるのです。1つ目は18節前半です。

そういう人々は、わたしたちの主であるキリストに仕えないで、自分の腹に仕えている。

 これは本音と建前が一致していない人のことです。建前はクリスチャン。でも本音は自分の腹に仕えている。すなわち自分の欲望を満たすために、自己実現のためにクリスチャンをやっている、ということです。2つ目は18節後半です。

うまい言葉やへつらいの言葉によって純朴な人々の心を欺いている。

 嘘を言って人を騙すことを欺くと言います。パウロは言います。19節。

あなたがたの従順は皆に知られています。だから、わたしはあなたがたのことを喜んでいます。なおその上、善にさとく、悪には疎くあることを望みます。

 善にさとく、悪には疎く。疎いと言う言葉は元々は、お酒に色々なものを混ぜて飲むようなことはしない、という意味だそうです。そこから純朴、愚直、ピュア、そんな意味が出て来ました。悪には疎くとは、常日頃から二元論的な生き方にならないよう警戒し、また純朴な信仰を保ち続けられるようにイエスさまに祈りつつ生きる、ということでしょう。また、善にさとく。これは、純朴でただボーッと生きていればいいのだ言う意味ではなく、天上の賢さを頂いて的確な信仰的判断が出来るよう祈り続ける、ということでしょう。わたしはあなたがたのことを喜んでいる。なおその上、善にさとく、悪には疎くあることを望む。これはパウロの私たちへのメッセージなのです。