コペル君の「おじさんのNOTE」から

 たとえば、絵や彫刻や音楽の面白さなども、味わって初めて知ることで、優れた芸術に接したことのない人に、いくら説明したってわからせる事は到底できはしない。殊にこういうものになると、ただ目や耳が普通に備わっていると言うだけでは足りなくて、それを味わうだけの、心の目、心の耳が開けなくてはならないんだ。しかも、そういう心の目や心の耳が開けるということも、実際に、優れた作品に接し、しみじみと心を打たれて、はじめてそうなるのだ。まして、人間としてこの世に生きているということがどれだけ意味のあることなのか、それは、君が本当に人間らしく生きてみて、その間にしっくりと胸に感じ取らなければならないことで、はたからは、どんな偉い人をつれてきたって、とても教えこめるものじゃあない。

 上記の文章は吉野源三郎:著「君たちはどう生きるか」からの引用です。ーコペル君というのは本田潤一君(中学2年生)のあだ名で彼の叔父さんが名づけたーという想定で物語が展開していきます。とても分かりやすくてとても味わい深いですよね。