2回に分けてニコデモの物語を読みます。今朝はニコデモの人となりから彼の回心について想像を拡げてみたいと思います。

 ニコデモは社会的にも宗教指導者としても高い地位にある人物でした。しかし内面的には核の弱い人だっただろうと思います。それ故に現実的で、神を見るよりは人を見ていました。それも人に関心を寄せるのではなくどうしたら人に良く見てもらえるか、そこに意識を集中させていたのでしょう。自分しか見ず自分にしか興味がなかった。同時にそんな性格や人生に厭気がさしていたかも知れません。それとも本気で神の国に入る確信がほしかったのでしょうか。現実逃避の指向が見られます。

 そんなニコデモが一大決心して会おうとしたイエスさまは、まるで彼を以前から知っていたかのように真夜中の対話をリードされます。それで彼の信仰が表層的であること、世俗的でこの世の価値観に流されてしまっていること、が露呈してしまいました。余計な鎧を剥がされたニコデモに、イエスさまは改めて霊によって生まれ直し生き直す可能性を教えられます。そしてご自身こそが永遠の命を与える者であることを語られるのです。それはニコデモを信仰の薄い者としてではなく新しい命に生き直す可能性をいっぱい秘めた者として理解し、期待をもって見ておられたからに違いありません。

 私たちも多分イエスさまが思わずガッカリなさるようなことを言い行っていると思います。でもイエスさまは私を諦めてはおられない。私はそう確信しています。