イエスさまはガリラヤ湖のほとりを巡り行き、そこに住みまたそこで働く人々に福音を語る、という神さまからの使命を果たすべく、働きを始められたのでした。

 そんな中、湖で網を打っていたシモンとアンデレ、漁師であるこの兄弟に目を留められました。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう。」

 のちにイエスさまによってペトロと呼ばれるシモンはベトサイダ出身の漁師で、妻帯していました。またアンデレは、もともとはバプテスマのヨハネの弟子でしたが、師匠が投獄されてのち、稼業に戻っていたようです。

 イエスさまに声をかけられた二人は、すぐに網を捨てて従いました。漁師が網を捨てるということは、生業を断つことを意味します。あれこれ善後策を考えたりしていたのでは、とてもこんな決断はできなかったでしょう。彼らは何より「現在」を一旦横に置いたのでした。そしてイエスさまについて行ったのです。

 イエスさまはまた、別の漁師たちに声をかけられました。呼ばれたのは、ゼベダイの息子たちでした。この二人もすぐに、舟と父親を残してイエスに従いました。イエスさまは最初の弟子として、兄弟である2組を召されたのでした。

 因みに、ルカの福音書では72人の弟子たちを二人一組にして派遣しておられます。何故二人一組なのでしょうか。それは「2人」というのが共同体の最少の単位だからです。イエスさまの中にはこの時点ですでに「信仰共同体」、すなわち教会のイメージが出来上がっていたのかも知れません。