パウロはガラテアの人たちと初めて出会った時のことを語り始めます。彼に、何かしらの持病があったことは有名です。最後のローマへの旅には、医者でもあったルカが同行し、処刑に至るまでの日々彼を見守り続けました。ただその病気が何であったかは正確には知られていません。
パウロたちがガラテア地方に滞在していた時に彼の持病が悪化。それは癲癇であったとも言われます。事実なら確かにガラテアの人たちにとって介助は試練であったでしょう。しかしパウロは、自分はまるで神の遣いかイエス・キリストでもあるかのように大切にされたと言います。彼のガラテアの人たちについての回顧は続きます。15-16節。
あなた方が味わっていた幸福はいったいどこへ行ってしまったのか。あなた方のために証言しますが、あなた方はできることなら、自分の目をえぐり出してもわたしに与えようとしたのです。すると、わたしは、真理を語ったために、あなた方の敵となったのですか。
この2節からパウロの持病についての別の推測が可能になります。自分の目を抉り出してもパウロに与えたい。ということはパウロは目を患っていたのではないか。パウロの持病が何であれ彼はガリラヤの人たちの善意を享受して本当に幸せであったし、ガリラヤの人たちも同じ思いであったのだと、パウロは出会いの頃の情景を想い起こしながら語るのです。あんなに親しかった私たち、あんなにやさしかったあなた方が今は私の敵になってしまったのですか。私が真理を語ったためにそうなってしまったのですか。ガラテアの人たちの危機的状況に対する強いからか、珍しく理性と感情とを綯交ぜにしつつパウロはほつほつと語るのです。