朝晩ずい分涼しくなりました。秋の虫と夜更かし蝉の共演だか競争だか賑やかです。
 
またまた個人的な話題で恐縮ですが、我が家には夏生まれが2人、秋生まれが2人います。秋生まれの2人はちょっとでも涼しくなると甦る心地がして元気になります。

方や夏生まれの2人は秋風が立ち始めると「夏がいっちゃうのか」と寂しくなると…言います。生まれ月と季節の好みって関係あるのでしょうか。それにしてもこんな他愛のない話題ででも盛り上がれるのは日本に四季があるお陰でしょうね。

聖書の世界は全体に季節感に乏しい感じがしますがそんな中、真夏の暑い午後を感じて読むたびに気怠さを覚える箇所があります。シカルの井戸端でのイエスさまとサマリアの女性の会話の場面(ヨハネ4:1-42)です。どこにもそれは夏のことだったとか暑い日であったとか、書かれていません。旅に疲れられたイエスさまのお姿と正午ごろに水汲みをしなければならない女性の生き辛さとが夏が好きでない私の真夏のイメージと重なるのでしょうね。イエスさまが誰であるかに気づいた女性は命の水を得て彼女らしく生き始めます。夏好きの人ならこの場面から力を感じるのかも。