「甦りの主のお名前をほめたたえます。」
「今日は棕櫚の主日。イースターが近くなるといつも思い浮かぶ賛美歌があります。“両手いっぱいの愛”。とてもシンプルな言葉で主が私たちに向けてくださる愛が語られています。」先週イサクさんが伊川教会のツイッターでこう呟いたら「いいね」がたくさん付きました。
これを見て思ったのです。イサクさんは物心つく前からCSでこの歌を聞いて育ちました。嬰幼児期に「み言葉の種」を心に蒔かれた人たちは大人になっても賛美歌を聞くと「そうそう!」とちゃんと“反応”する。CSで学んだ小学生が中高青年科まで続くケースは多くはないが、表向き放蕩していても種は内側で育っている、と。
私事で恐縮ですが孫たちが一人は母親の膝で一人はカメラの後ろで礼拝時間を過ごしているようです。み言葉は毛穴からでも入ってくるとか。イエスさま、どうか幼子の心にみ言葉の種を一杯蒔いてください(祈)