パウロとシラス、今まで登場しなかったもののリストラで一行に加わったテモテたちは、テサロニケの暴徒たちから逃れるためにテサロニケの兄弟たちによって夜の間にベレアへと送り出されました。今までの道行きで行くならエグナティア街道沿いのエデッサに行くべきなのですが、パウロはテサロニケに心を残して再び訪れる時のために、内陸にある第三区の町(だからちょっと辺鄙)ベレアへ向かったのでした。

 テサロニケからベレアまでおよそ80㎞、確かに近い。この町でもパウロの一行はまずユダヤ教の会堂探しから始めてそこで安息日に説教するという伝道パターンを励行していました。ベレアのユダヤ人たちは「素直」で御言葉を受け入れ、パウロの説教を聖書に照らして吟味していたといいます。わずか80㎞しか離れていないのに、テサロニケのユダヤ人は町のならず者を集めて暴動を起こした上、パウロたちがベレアに行ったことを聞くや追いかけてきて群衆を扇動し騒ぎを起こしたのです。何たる差!!

 私たち現代のキリスト者も、ベレアのユダヤ人に学ぶことはありますが、このようなユダヤ人の両面を見せられると「ユダヤ人って分からん!」と思う反面、テサロニケのユダヤ人の心情にちょっと共感したりもするのです。何しろユダヤの民は熱血漢。彼らの神自ら「熱情の神(出エジ)」と称されるのですからその民も熱い訳です。その熱意が、方や自分と違う者に対して極端に排他的になり、敵対心や憎しみを募らせて徹底的に撲滅せずにはおれなくなる。方や研究心が搔き立てられて徹底的に調べる。そしてひとたび納得したならこれもまた徹底的に貫き通す。迫害も恐れず協力を惜しまない。この両極端を一人でやってのけたのがパウロでした。厳冬に鼻息も荒く熱い話でした・・・