せっきょう・まえせつ2018.9.2

2018-09-03
「挨 拶」
                                                                      ローマの信徒への手紙1章1-7節
 今月からローマの信徒への手紙を学びます。改めてパウロという人物とその神学
を知り信仰生活の糧としていきましょう。イエスさまが地上に生きて神の国の福音
を宣べ伝えられていた時代、ローマは世界の覇者として繁栄の極みにありました。
ローマ皇帝を神として崇め、従って真の神以外への礼拝を拒絶するキリスト者たち
を残虐な方法で迫害しました。パウロはイエスさまの十字架と復活のしばらくの後
に登場します。ベニヤミン族の末裔でありローマの市民権を有ししかもファリサイ
派でユダヤ教の教師でもありました。キリスト者の迫害に息を弾ませていたパウロ
に、イエスさまは目を留められました。そして彼を異邦人にキリスト教を伝える者
とされたのです。迫害者から伝道者へ。これほどの転身はそうそうはないのではと
思わされます。でも、キリスト者への迫害というパウロにとって癒しがたい傷があ
ったからこそ彼は大伝道者と言われるまでになったのだろうな、と私は思うのです。
「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われる
のですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結
ばせるのです。(ヘブライ書)」これはパウロの言葉ではありませんが、鍛錬を傷
と読み替えたような人生を彼は送ったのでした。私たちの人生にも傷あり、病あり、
悩みあり。困り事は次々と湧いてきて尽きません。でも聖書は、それが義という実
を私の内に結ばせると言っています。義とは神さまの正しさ。神さまの正しさが心
に積もっていく過程で人は本当の平和を求め、平和を醸しだし周囲を平和に巻き込
んでいくのでしょうね。パウロ書簡からそんなことが学べたらすてきです。
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